ライカの創始者:オスカー・バルナック _2

1910以前はウッドや紙、繊維など様々な素材を使用して写真機を作っていたが、パルナックな全てを金属にしてその機能を満載することに成功した。「ウル・ライカ」といわれるライカ製品をルーツはこのシステムによるものである。wサイズを呼ばれるムービー・フィルムは2コマ分の画面(24×36mm)を有し、フィルムを一コマ送るとフォーカスプレーンシャッターを巻き上げることが出来るシステムうとなっているなど、現在に普及する写真機にその構造が非常に似ている域にまで達していた。しかし、フィルムを写真機に装填する際暗室を必要とし、また、フィルムを送る際には光が写真機内に入ってはならず、必ずレンズに蓋をしなければならない面倒な操作が必要であった。

レンズについては、ほぼ同時進行でマックス・ベレク(Max Berek、1886~1949)の協力のもと、1920年に3群4枚のエルマータイプで特許を取得し、現在でも広く知られるレンズである「エルマックス」の開発に成功した。しかし、当時の写真機システムはレンズが交換できるといった認識はなく、あくまで写真機とレンズは一体であるということが前提であった。

昨今のデジタル写真機が90パーセント以上の普及となった現在だが、同時に光そのものに対する捉え方が曖昧な状態になったような気がする。この当時の光を如何に効率よく取り入れることが唯一のテーマであった時代背景を垣間見ると、撮影その物のスタンスを今一度、改めて考え直さなくてはならない時代になったような気さえするのは筆者だけだろうか?